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黒い森 (住宅建築 2011年6月号)  Jun 01, 2011

ゴシック建築は図像などの美術的な見方によっても、形態、
技術等の建築的な見方によっても、一貫して用いることが
出来る定義付けが難しい。敢えて客観的にその構成の特徴
を挙げるなら、空間の高さと、材料の細さの表現であろう
か。
長い西洋建築史の中で盛衰しつつ、ゴシックが様式として
の地位を確立したのは、構造的合理性を持ちながら、全体
を統合する独自の美的効果を有しているからだと思う。
その効果は外部のみならず内部空間にも表われ、例えば聖
堂の、線的で軽快な構造とステンドグラスが嵌められた開
口によって射し込む光跡は、美的現象として濾過される。
その空間はシュヴァルツヴァルトに例えられ、親しまれて
きたそうだ。シュヴァルツヴァルトとはドイツ語で「黒い
森」を意味する。モミやマツの濃く生い茂る、深い森のこ
とだ。 

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深い森に洩れ差す一条の光。これは洋の東西を問わず、多
くの人間に共通する原風景かも知れない。
人は森の暗さを畏れつつ、同時に温かさを覚える。母の胎
内の暗さと同種の包摂される安心感だろうか。さらに洩れ
差す光は外界との交信のように、魂も暖めてくれるだろう。
建築を設計するにあたり、常にこの根源的な心地良さを探
求したいと思ってきた。設計者として「光」をコントロー
ルするのは当然のことだが、近年僕はむしろ「陰」を操る
ことに腐心している。陰は森であり、森の深さが光を一層
浄化させるからだ。


太子堂の家は、都心の住宅地に暮らす家族3人のためのコ
ートハウスである。2階に上げられた寝室以外の諸機能が
中庭を囲んでいる。特にダイニングルームは、中庭と直接
連続する外部のような内部空間であり、キッチンと一体と
なって生活の主要な舞台となっている。キッチンの対面に
は柱が林立する間仕切があり、その向こう側がリビングル
ームとなる。
イメージしたのは深い森の中の空地と大樹。---森に分け入
ると突然現れる明るい空地。その空地(中庭)の傍で大樹
が木蔭をつくっている。そこで食事をし、幹の陰の祠のよ
うな場所で寛ぐ。空地の明るさと祠の暗さ。その対比が印
象的で神寂びている。見上げると枝葉の隙間から洩れた陽
光が周りに影模様を映している---。
設計でゴシックをイメージしたわけではない。構造が組み
上がり空間が現われて気付かされたのだ。用途も規模も文
化も根本的に違うものながら、これはゴシックの聖堂が生
まれる過程で先人達によって描かれたイメージと根源的な
ところで繋がるのではないかと。

僕たちは安息の地を求めて、何百年も彷徨い続けているの
かも知れない。安息の地を求めて。「黒い森」の中を。


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