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“物語”と出会う場所が生まれた物語 (O-cube 2011年2月号)  Feb 01, 2011

すっかり馴染み深い言葉となった「地球環境保護」や「エコロジー」。
しかし、その言葉がモノづくりの現場から活力を奪っているのではないか?
年初にデザイナー仲間から届いた複数の年賀状を眺めていて感じたことだ。

最先端の環境・エネルギー技術を育ててきた日本にとって、環境配慮や省
エネが叫ばれる今は大きなチャンスがあると言える。実際、新しいアイデ
アからさまざまなエコプロダクトが生まれている。それなのに、 近年の日
本経済の停滞が国内産業に深い影を落としていることとは全く別のところ
で、 プロダクトデザイン業界にはある独特の閉塞感が漂っていることに気
づく。世界の経済構造のシフトと地球環境の保護という価値観の台頭によ
って、大量生産品の開発に関わること自体に罪悪感を覚えるようになって
しまったのだ。
エコを謳った商品であっても、例えばエコバッグの大量生産、大量消費な
どはエコを機会とするエゴではないのか。環境意識の高まりが環境対策関
連のマーケットを新たな産業として巨大化させればさせるほど、人はそれ
を経済の道具として利用する。それがデザイナーの良心を曇らせているよ
うに見える。
この閉塞感から抜け出そうとしてということなのか、家具やプロダクトデ
ザイン業界の周辺でさまざまな動きが始まっている。みなが大量生産に代
わる新しい価値を模索しているのだ。例えばあるグループは、江戸の伝統
工芸の職人の技術を「資源」として活用し、デザイナーの視点で再編集し
て、工芸品ではなく現代の生活にマッチする日用品を世に問うために集ま
った。またあるグループは、プロダクトデザイナーだけではなく、建築家
や作家、職人、教師、ショップオーナーなどいろいろな立場でモノづくり
に携わるメンバーが、テーマに沿った家具や小物を、生産の現場から流通、
売場まで直接コミットできる小ロットのモノづくりを通じて、直接ユーザ
ーに品物を届けることを目的として動き出した。後者は、農家が丹念に野
菜を育て、質を管理し新鮮なまま手売りし、育てた農家のプロフィールや
コメントが作物に付く形に近いかもしれない。両者が近い印象を与えるの
は、「合理と低コスト」に代わって「来歴と人間性」が重視されているか
らだろう。ここで言う来歴とは、トレーサビリティ、モノの成り立ちの物
語のことだ。
実はこれ、僕自身もメンバーである「アパートメント」というグループの
活動のこと。現在のテーマは「本のための小さな家具」で、日常生活の中
で、本との何気ない繋がりを助けるような小さな提案を集めている。結成
して4年目に入るけれど、全国各地から展示会の引き合いが絶えない。そ
んな展示会の一つで、ある嬉しい邂逅があった。会場(売場)で「絵本屋
さんをつくりたい」と夢を語ってくれたお客さんとの出会いだ。たまたま
接客した僕の本分が建築設計であるために、夢は計画に変わり、お客さん
は僕たちのクライアントになった。「“物語”には力がある。いい“物語”に
出会うと人生は豊かになる。 電子書籍が注目されても、“本”というモノの
手触りを通じて初めて伝わるものがあるはず。そのきっかけを提供したい」
クライアントが提示したコンセプトに、僕は強く共感した。
唯一にして最大の問題は予算。外装、看板、インテリア、照明、什器、 グ
ラフィックまで、普通に考えるとまず不可能だった。そこで僕は分離発注
とセルフビルドを組み合わせて、多少乱暴に青写真を組み立てた。頼みの
綱はアパートメントだった。メンバーには建築や内装施工のプロはいない
が、みなモノづくりのプロだ。きっとできる。勝手に信頼して工事をスタ
ートさせた。最初は戸惑いもあったけれど、結果は見事だった。工事が順
調に進みすぎて工程も前倒しになるほど。そうして無事、鎌倉は由比ケ浜
に「絵本+本のための家具 syoca」をオープンすることができた。

このプロジェクトを通じて僕自身も、そこにつくり上げられるモノの「来
歴」と、それゆえに宿る「人間性」、そして「合理」に代わる次の価値を
垣間見た気がしている。今こそ僕たち日本人はこれまでの価値観を変えな
ければいけない。成長ではなく、成熟のために。
人生もモノづくりも「物語」が豊かにしてくれるのだから。


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